「死にたいなら1人で」の危険性を考える。

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こんにちは。秘密基地を作る大学生です。

川崎での事件から、とある記事をみてYAHOO!ニュースを見記事を書くことにしました。

非常に悪質かつ無差別的な犯行でで残虐であり、許せないです。

川崎の事件から、Yahooが取り上げたのは「死ぬなら迷惑かけずに死ね」という投稿がSNSで目立つということ。

また、そのような投稿が逆に危険性があるといことです。

死にたいなら1人で死ねばいいとは

これは、ツイッターで話題になったワードです。

犯人は犯行後に自分の首を切り死亡。動機ながわからない状態になってしまいました。

遺族の方はどこへ怒りをぶつければいいのでしょうか。

犯人が自殺をしたことにより、「死ぬ時は他の人を巻き込めずに1人で死ねばいい」ということをツイッターで多く書き込まれていました。

これがYAHOOニュースに取り上げられたのです。

このような投稿は危険性があると。

「1人で死ね」の投稿が危険な理由とは

その記事は一時期はYahoo!ニュースのトップになる程でした。

少し抜粋をさせてもらうと

何らか社会に対する恨みを募らせている場合が多く、「社会は辛い自分に何もしてくれない」という一方的な感情を有している場合がある

Yahoo!ニュース

だからだそう。

このような事件に似ているパターンとして、秋葉原の通り魔事件にも似ています。

社会に対しての怨恨ということから、自分を不幸であると思い他人が幸せそうに見える。

自分が辛いのになぜ社会は何もしてくれないんだ。

だからこそ、恨みの対象である「人」を傷つけ、自分も死ぬ。

「誰でもよかった」なんていう言葉はそういうところから来るのでしょうか。

じゃあ、僕らは何ができるんだ

Yahoo!の記事では、これらに対する考えをこうまとめています。

社会はあなたを大事にしているし、何かができるかもしれない。社会はあなたの命を軽視していないし、死んでほしいと思っている人間など1人もいない、という強いメッセージを発していくべき時

Yahoo!ニュース

だと。

メッセージとはなんなのか。

どうして辛いのか相談、ヒアリングができる場所があるなど、相談も窓口があるということを発信すべきなのか。

社会が「人」を大事にしている証拠、「何か」できる証拠は国から我々国民に届いているのだろうか。

このような社会に対する恨みは知人、友人、家族などのコミュニティによりセーブされていくものだと考える。

しかし、今回のような事件を起こす人はこのような環境にいない可能性が高い。

余地のできない犯罪を予防する為に我々はどんなメッセージを発信していけばいいのだろうか。

恨みの対象である社会から、救いのメッセージは届くのだろうか。

本当の社会問題とはこのようなことを言うのかもしれない。

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